誤差を積み重ねるか 大差で圧倒するか
学力はその人間の人生で積み上げるものだと考えます。
例えば週に1回60分学習しても、1週間10080分の0.6%に過ぎません。
これを長期間積み上げれば確実に結果に繋がります。
誤差としか言えない違いであっても、積み重ねること自体には大いに価値があります。
人生においてはこの誤差の積み重ねというものは、非常に価値があると考えます。
自分が目標に大いに届いていない・ライバルに大いに負けているとしたらどうでしょうか。
そして自分が成果を示すべき日程が入学試験のように締め切りのあるものであればどうでしょうか。
これは誤差を積み重ねるだけではまずいかもしれません。
少なくとも学習の成果が合否という形で出ることを望むなら、まずいでしょう。
これは誤差の積み重ねのみでは戦えません。
大差で圧倒する時間が訪れているのだと考えましょう。
周りから見てどうかしていると思えるぐらいの激しさで学習しましょう。
少なくとも、クラスで上位10%に食い込む学力を目指すならば、圧倒的でなくてはいけません。
人は圧倒的でありたいと考えてもなかなかそうはなれません。
特に学年が上がってからはそうです。
人間は習慣に支配されてしまいます。
長年凡庸な側を歩んでいるのであれば、そのまま凡庸であり続ける力が働きます。
そこを脱して圧倒的な学習をしようとすれば、周りから見て凡庸な、それこそ誤差程度の学習では面白くありません。
ちょっとどうかしてる、かなりどうかしてると思われるぐらいの学習である方が望むものになれます。
凄いと言われる/思える結果を出したいならば、それに見合った学習をしましょう。
ちょっと頑張った程度ではダメです。
もう限界と思ったその先でないと、凄くなどはないですからね。