自分の頭を振り絞ってもらいたい
学力が上がるのはいつでしょうか。
当たり前ですが生徒が頭を使っている瞬間です。
生徒が頭を使っていない瞬間に学力は上がりません。
能動と受動で言えば、頭を使うのは圧倒的に能動の時に頭を使います。
誰かに話をするときと誰かの話を聞くときでは、どちらが頭を使うか考えればすぐに分かります。
ということは、私たち大人が子供たちの学力を上げるために用意するべきは受動の場ではありません。
圧倒的に能動の場です。
子供たちが自分で動けるようになる場を/時間を用意しなくてはいけません。
そしてその場で子供たちが動くようになるまで目を離さず、応援し続けねばなりません。
本当は受験よりずっと前から、そうあるのが良いです。
ずっと前から、自分の人生について真剣に考える時間が必要です。
高校に合格したいから学習するなんて人生に美しさはありません。
人生はすべて美しさに満ちているわけではありません。
しかし、美しくあろうとするぐらいはいいじゃありませんか。
自分が何者かになれるかを考えながら、何者かになろうとし続けるのはいいじゃありませんか。
それがたまたま、受験勉強の一瞬に見えるだけです。
受験勉強は自分が将来何者として世に価値を問う人間たりえるのかを追求していく途中にすぎません。
だからこそ、付け焼刃で乗り越えるのではなく、その先の人生を豊かに美しくできる力を身に着けて乗り越えてもらいたいです。
自分の人生を自分で生きて、自分で開いていってもらえるためにも、能動的に生きてもらいたいです。
親に言われて勉強するシステムをぶん投げましょう。
「勉強したの?」なんて聞いてはつまらないです。