なんだかわからないものを大事に
日ごろ、理屈を大事にするように伝え続けています。
これは生徒たちに理屈が欠けていることを補うためです。
しかし、僕自身を振り返ってみれば自分の行動指針の根幹にあるのは理屈ではないです。
初期衝動というか、何だか分からない何かというか、そういうものが根幹だと思ってます。
動き始めと最後の一押しと、どうしてもキツイと感じることを突破させるのはそういうものです。
自分自身が何者であり、何を大事にしているのかに関わる部分がしっかりしていれば何とかなります。
ただこれがいつ手に入るのか、どうやって手に入るのかは人によります。
手順を踏めば手に入るものではありません。
それでも、自分が自分であるとはどういうことなのかを問う時間を大事にしてもらいたいです。
ただペンを握ればいいというものではないのです。