同じように見えるけれど違う毎日
ジム・ジャームッシュを知っているか?
ジム・ジャームッシュという映画監督を知っていますか?
と言っても、映画がそれなりに好きな人でもなければ知らないかと思います。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『コーヒー・アンド・シガレッツ』などが知られるアメリカの映画監督です。
アメリカと言ってもハリウッド的ビッグ・バジェット(予算規模が大きい)作品の作家ではないので、上映される映画館も多少は限られてしまいます。
それでもその「オフ・ビート(常識からずれた)」な作風は多くの映画ファンに愛される作家です。
新作の『デッド・ドント・ダイ(死者は死なない)』の公開に併せて旧作の『パターソン』が再上映されていたので久しぶりに観てきました。
当時も思いましたが、とても好きな空気の映画ですね。
大事件が起きなくて映画は面白い
一般に皆さんが映画やドラマで好むのは、世界/人生を揺るがす大事件が起きてそれが解決されるものでしょう。
もちろん塾長もそんな作品を見て楽しいと思います。
しかしジム・ジャームッシュの作品では、そうでないことも多いです。
『パターソン』もアメリカの地方都市であるニュージャージー州パターソンのバス運転手であるパターソンが過ごす、ある一週間が舞台です。
朝起きて、朝食を食べて、出勤して、バスを運転して、帰宅して、妻と会話して、犬の散歩をして、ビールを飲んで、寝る。
作中の9割はこんな様子です。
同じように見えるけど違う
同じ毎日が繰り返されるような作品に見えますが、それが違うことがちゃんと見れば分かるようになっています。
起きる時刻は毎日少しずつ違います。
朝食を食べるときや出勤するときのカメラアングルを変えています。
バスを運転するときに耳にする会話や妻との会話も毎日違います。
そして作中で主人公のパターソンが書き綴る詩のノートに残るものも違います。
この、同じように見えるけど違うということがいくつものモチーフで示されます。
例えば毎日のように出会う様々な双子はそうです。
双子は一見同じように見えますが、違う人間です。
それと同じように、私たちの人生もまた毎日が同じように見えて実は違うものです。
そしてその小さな違いの積み重ねで何かが起きて、人生が彩られるというものです。
いつでも美しい色どりというわけではなく、作中終盤ではパターソンにある意味小さな、ある意味大きな悲劇が訪れます。
そしてそれが救済されるのもやはり、小さな出来事です。
小さな違いを繰り返そう
さて、塾の先生らしいお話を。(笑)
私たちの日々の学習に劇的に何かが変わるようなビッグイベントはそうそう起きません。
ある日唐突にガガンと成績が上がる授業などありません。
毎日丁寧に小さな学習を積み重ねていって、それが小さな変化を生みます。
その結果ある日の試験に十分な結果が出たり、出なかったりします。
それでもパターソンと同じように私たちの人生は止まりません。
小さな毎日を続けて、その中で自分の求める美しさを探していくことが、人生の彩を手に入れる数少ない道なのでしょう。
だから、明日も小さな一歩を積み重ねましょうね。
5th wheel to the coach
ちょっとした蛇足。
ラストのネタバレなので、ネタバレが苦手な人は読まないでください。
『パターソン』にはメソッドマンというラッパーが出演してます。
彼がコインランドリーで自作の詩をラップする場面があって、そこがめちゃくちゃカッコいいのです。
「事物を離れて観念はない」っていうめちゃくちゃクリティカルなラインもあったりして、最高なんです。
さて、作中のパターソンや他の人物の詩は和訳が出ます。
しかし、メソッドマンのラップは途中から和訳が出ません。
もちろんある程度は聴き取れましたが、何故なのかなぁとみている途中は不満に思いました。
その謎が最後の場面で解かれます。
ある人物が「翻訳された詩を読むのはレインコートを着てシャワーを浴びるようなもの」という趣旨の発言をします。
この考えがあるから、韻文としての要素が強いメソッドマンのラップは和訳されないわけですね。
多少なりとも英語を勉強しておいたおかげで聴き取りが出来ました。
何に限らず勉強しておくと思わぬところで役に立つものですよ。