子供を賢くする指示の出し方はこれ
理解する力は説明する力と連動しています。
理解するというのは何となく感覚的に捉えられるというだけでは不足です。
入学試験の答案には感覚を表現できないですし、それは得点できる回答になりません。
感覚的なものはよほど磨かれたものでなければ、再現性や汎用性も低いです。
例えば4つの数字を加減乗除して10を導出する make 10 という遊びがあります。
これをやり込むと、4つの数字を見た瞬間に「これはできそう」「これは無理かも」と分かるようになります。
恐らく、解きまくった結果として解けた時の組み合わせが脳にこびりついているのでしょう。
練習を重ねた上での感覚は、存外役に立ちます。
それを除けばやはり、感覚はあまり当てにならないと思っていいです。
「感覚が役に立たないときは理性が役に立つ」というのはエイブラハム・リンカンの言葉です。
理性の表現として、言語で理解し表現できるようにする練習が必要です。
そのためには、まず大人が子供に言語で伝えることが必要です。
「走るな!」とだけ言ってもそこには言語はあれど理性がありません。
「走ると他の人に当たって痛いから、周りの人と同じ速さで歩こう」と伝えるようなスタイルがいいです。
行動や感情には理由をつけておくこと。
未来を予測して思考・行動すること。
否定文ではなく肯定文で指示を伝えること。
基準を明確にして指示すること。
そういうことを織り込んで子供と話をしましょう。
面倒でしょうか?
いえいえ、これは面倒ではなく丁寧です。
毎日の生活を丁寧に続けるから、丁寧な子供が育つのです。
大人が手をかけずに子供に丁寧になって欲しいなんて、虫がいい話ですからね。