無限の可能性という幻に心を奪われるな
相模原市の学習塾・数学特訓青木学院です。
我が子に無限の可能性があると、赤子の頃に思うのが親心でしょう。
昭和の言い回しで言えば「末は博士か大臣か」というやつです。
ピアニストや芸術家やスポーツ選手だってその無限の可能性の一つでしょう。
しかし、現実は非常です。
空想上のあり得た我が子の無限の未来と、現実とを見比べてため息がでる夜もありますでしょう。
別に全てが上手くいってないわけでもない。
どうにかここまで育ててきたつもりだ。
でも、輝かしい未来だとは思いきれない心の寒さがある。
どうしてこうなってしまったのでしょうか。
責任者は出てきて説明して欲しい。
今からでも我が子が劇的に学力を伸ばして県立相模原高校に合格できないものか。
できるかもしれません。
しかし、ありもしない才能と未来に目を奪われても特にいいことはないはずです。
あり得たかもしれない未来などという、実態のないものを追い求めてもろくなことはないです。
眼前の我が子こそが世界で唯一の現実だと認めるところから、学力は伸びます。
安易にスマホを与えて世界に対する好奇心や思考習慣=学習習慣をつけなかった我が子です。
そのまま本人の感情に従った人生を遅らせておいて、学力が上がることはありません。
僕が保証します。
文武両道で部活動も学習も目覚ましい結果を残している我が子。
残念ながらそうでない現実を認めて、受け入れてからが未来です。
その現実をぶち壊すために、淡々と圧倒的に行動を変えていけばいいです。
そんな学習漬けにして、子供の学生生活を灰色にしたいのか?
学力が上がれば、学習が多めの生活も決して灰色ではなくなります。
薔薇色とまではいいませんが、達成感と希望の色が見えてきます。