君の優先順位が君の人生だ
母の愛を感じたよ
ぼんやりと人を眺めていた時のことです。
お気に入りであろうお菓子を抱えた幼児が、それを口に運んでいました。
「食欲があって大変よろしい」と思っていると、幼児は自分が一つ食べるごとに親御さんに一つ差し出していました。
親御さんはそれを毎度受け取るわけではありませんが、3回に1回ほどの割合で受け取っていました。
そのたびに幼児はにっこりと満足そうに笑って、自分も一つ口に運んでいました。
良いですね。
母の愛を感じますね。
日ごろからご家庭で幸せのシェアを実践しているから、幼児であってもそれが出来るのでしょう。
あの幼児は将来モテるだろうなぁとしみじみ思いました。
日常が結果を作る
気が付けば冬期特訓も最終日です。
と言っても、「やっと終わった感」も「もう終わった感」もあまりありません。
明日以降に何をするかということで頭がいっぱいです。
「そんなに働いて大変じゃないですか?」とたまに言われます。
実際が所、生徒の相手をしていて大変だと思うことはあまりありません。
やろうと思っているやるべきことをやっているだけですからね。
毎日仕事はしていますが、合間合間にほどほどにリフレッシュも出来ます。
それでも優先することは優先し続けます。
何を大事にしているかでその人の人生の大きなところは決まります。
例えば学習を優先すると決めていれば、その程度に見合った人生になります。
ワークを終えることを優先すると、手抜きの答案と手抜きの採点になります。
〇がつくことを優先すると、答えを書き写して〇がつくこともあり得ます。
これは学びを通して賢くなることや、力をつけて将来に備えることや、自分の興味のあることを深堀していくといった本質ではないことを優先しているからです。
自分の人生にとって重要なことに出会っていない人間に起きてしまう不幸です。
人間は、長く人生を過ごす中でいつかは大切な何かに巡り会います。
でもその何かに巡り会うのを座して待つのはつまらないことです。
先の幼児のように何かを大切にするやり方を学びつつ待ちたいものですね。