私は生徒にとっての異物である
相模原市の学習塾・数学特訓青木学院です。
意図せずともそうではあるのですが、私は意図して生徒にとっての「異物であろう」としています。
現代の子供たちを考えれば、それが学力を伸ばすための条件の一つだからです。
僕が子供であった時代と比べて、現代の子供たちは厳しい意見や指導にさらされる機会が少ないです。
一方で自分にとって都合の良い甘い意見を集めることは容易な時代です。
インターネットでのエコー・チェンバー効果というものがあります。
検索や閲覧の履歴に応じて、その人が好みそうなものが次々に提示されるのが今のネットです。
必然、自分好みの意見が多く目に入って、自己正当化が進みやすくもなります。
自分が正しいのに現実が不快であれば、自己正当化は他責へとつながります。
他責が始まった時点で、生徒たちが伸びる可能性はグンと下がります。
他責だとみなした相手に辛抱強く説得や指導を与える人間の割合は減るからです。
そういう世情だからこそ、僕は生徒に対して異物であり続けます。
生徒が自分を変えるために必要なものは、生徒への甘い同調や迎合ではありません。
今の自分と眼前の他者とをこすり合わせて磨いて、目標に到達してもらうための異物です。